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いよいよ、この日がやってきました。
東日本大震災で、仲間の被災状況を聞き、本当に何もやる気がなくなってしまってました。ランニングは12キロどまり、釣りには全く行ってません。 この大会も、正直、中止になると思いました。 しかし、被災地に元気を送る大会にするという趣旨で開催されることが決定。それならと気持ちを切り替えましたが、若干の不安はあります。今回、誘ってくれた業界団体の先輩でマイミクの名古屋のTATさんは大丈夫、大丈夫と余裕です。 なんとかなるさと、少しの緊張で、朝、7時半に会場入りしました。早々に受付を済ませ、スタートを待ちます。 アップするランナーで、だんだんとトラックは賑やかになってきました。 ![]() おっと本日のゲストランナーの谷川真理さん登場です。 ![]() そして、余裕のTATさんがようやく会場に来ました。 さて、開会式も無事終わり、いよいよスタートが迫ります。ゆっくりとスタート列の後方に並ぶと、谷川真理さんがハイタッチに来ました。やっぱ綺麗な人ですね。 そして、ついにスタート。長い長い21キロの始まりです。 ハーフマラソンというよりは、おっさん2人の珍道中といった感じで、沿道の人々の応援に応えたり、子供たちにハイタッチしたりして、5キロ、そして、10キロと進みました。ここまでは1キロ6分40~50くらい、僕にとって予定通りです。 そして、うちの家族発見!手作りの旗を持って応援してくれてます。感謝、感激! しかし、その先の給水ポイントを通過したあたりから、両足の付け根の外側が痛みだしました。それと、やたらに腹が減ってきたのです。 長い直線、強い向かい風。だんだんキツくなってきましたが、表情には出ないよう、平静を装ってました。そんな僕を知ってか知らずか・・・ TATさんは、追い抜く若い女子選手を、手当たりしだいナンパ・・・おっと失礼、ではなく、紳士的に、それでいてしつこく声をかけまくってました。 コースが豊川沿いの堤防道路になり、豊橋創造大にさしかかるころ、ついに僕はペースダウン。 TAT先輩が一生懸命励ましてくれましたが、先輩に先に行っていただくよう促し、少し歩くことに。心臓は余裕なのに、足がまったく上がらない。 だんだんと遠くなる先輩のオレンジ色のウエアを見てましたが、やはりこれではいかんと再び走り出します。ペースを上げ、なんとか先輩の後ろ5メートルに取り付き、そのまま付いていきます。 しかし、あと2キロの看板あたりで、走っていて足も痛いのに、まぶたが重くなってきました。やたらに眠いのです。ちょっと待ってくれよ。なんだこれ・・・? 怖くなって再び歩き出しました。よく見ると、歩いている人がずいぶんとたくさんいます。やっぱ、みんなキツいんだ。 すっかりTAT先輩も見えなくなってしまった。自問自答が始まります。 「ここで終わってしまうのか・・・これでいいのか・・・完走すると宣言しただろ?子供たちも見に来てるじゃないか?ほんとにいいのか?・・・・」 意を決して走り出します。なんか体が軽い。あれっ? いけるじゃん! 最後の上りを腕を思い切り振って駆け上り、ラスト1キロの看板が・・・ ボランティアの学生が「ラストですー! 頑張って!」と声をかけてくれます。 ここでスパート(したつもりですが、ほとんどスピードは上がってないと思います) あとは平坦なコースのみ。周りをゴボウ抜きです。(これがいけなかった) 目の前に競技場が見えてきました。ゲートをくぐった。あと400メートル。 よし、あの人まで抜いてやろう。目標を定め、1人、2人、3人と抜き去ります。あと200メートル・・・あれ? なにか変だ! 急に両太ももが自分の足でなくなったように動きません。と・・・両足が痙攣してしまいました。 うわっ、ヤバイ! 転びそう、転んだら起きられないかも・・・と思った時、目の前に「頑張れー!」と叫ぶ妻と娘の姿が。 なさけなく笑うと足を指差し、「アカン、足つっとる」というと、娘が伴走を始めました。とても感動的なシーンですが、やってる本人は大変です。 結局、トラックに入って抜いた人全てに抜かれ、悲壮感漂う表情で娘とゴールイン。 なんとか完走しました。 こんな感じで、初ハーフマラソンは終了しました。 ![]() 順位は申しません。 「あえて言おう! カスであると!」 by ギレン・ザビ ![]() 辛かったけど、それ以上に楽しかった。 僕のペースにあわせて走ってくれたTATの兄貴、本当にありがとう。 貴方が、まさかフルを3時間台で走るアスリートだったとは夢にも思いませんでした。 これに懲りず、また一緒に走ってください。 しかし・・・・ やたらと、女の子に声かけるのは、やめたほうがいいよ(爆) 来年も必ずエントリーしますよ。 今年、学習したこと・・・ 今より最低5キロは体重を落とさなければダメ。 走る前に、栄養補給すること(ゼリーとか) できればスポーツドリンクを携帯して走ること。 帽子はあったほうがよい。 苦しくても走り続ける。歩くとかえってキツくなる。 そして・・・ 前日に「しし鍋」をたらふく食べない(大爆) 応援してくださった全ての方に感謝です。 また、神出鬼没で写真をとってくれた、愛知木青連 会長の S君 本当にありがとう。 以上がマラソン翌日にMIXIに書いた日記です。 今回もエントリー完了しました。今回は木青連メンバーでさらに参加が増えそうです。 私の目標は・・・・・2時間30分切り 無理かなー 今から6年度前。
我が家の息子が、小学校へ入学した。その時の六年生に、SK君という少年がいた。小学六年生にして、すでに市内に「俊足少年」として名が知れ渡っていた。 その年の後半、そのSK君より早い子が市内にいるという噂を聞いた。 秋も深まり、地元の他地区のお祭りに、子供を連れて遊びに行った。そこで、年下の幼なじみの女性に会った。その女性が連れていた小柄な少年。彼女の1人息子だと言った。その少年が、噂のK君だった。 彼は走ることが、大好きだった。 年末、その後の彼の進路に大きな影響を与える出来事があった。全国高校駅伝を京都まで見に行く機会に恵まれたのだ。 そこで、彼は、すでに全国にその名が轟いていた、愛知の代表校、豊川工業高校の応援をする事になる。 彼の目に強烈な印象を与えたのは、1年生にして3区の区間賞を獲得した1人のアスリートだった。 彼の名は「三田裕介」 三田は3年時に花の1区に登場。日本人トップで2区に襷を繋ぐ快挙を達成。 その後、三田は早稲田大学に進学し、その年の箱根駅伝に、早稲田の主力としてルーキーながら4区を任された。並み居る強豪校を抜き去り、何と1年生にして区間新記録を達成した。 目の前で見た、豊川工業のエース、三田祐介の走りが、K君の頭の中から離れなくなり、やがて、それは憧れに変わった。 中学に進学したK君は、部活にバレー部を選んだ。小柄だったK君のポジションはリベロだったが、持ち前の運動能力で活躍した。また、陸上部が存在していないため、陸上大会の度に召集され、特に中学駅伝大会ではいい成績を収めた。 この頃から、チームで襷を繋ぐ駅伝の魅力に取り憑かれた。日に日に頭の中で大きくなるのは、駅伝の強豪校、豊川工業高校への進学への思い。あの日、目の前を駆け抜けて行った三田のように、いつか都大路を走りたい。 当時の担任は、偶然にも母の幼なじみ。たとえ都大路を走れなくてもいい。マネージャーでもいい。思いを打ち明けた。 担任はK君に語りかけた。 「止めはしない。ただ、豊川工業は県内の高校トップアスリートが集まってくる。結果を出したかったら、腐らずに続けることだ。結果は努力を裏切らない」 その言葉を胸に、K君は豊川工業に入学した。ただ、1年生時の5000mのタイムは15分台後半。同級生のトップとは1分以上の差があった。それでもK君はあきらめずに努力を続けた。 そして2年生の後半、K君は5000mのタイムを奇跡的にも1分近く縮め、全国高校駅伝愛知県予選に名乗りを上げることになる。 この年、K君を誰よりもかわいがってくれた、母の実家の曾祖母が亡くなった。親族が集まる中、曾祖母は合宿中のK君を待ちわびていた。そして、かけつけたK君は臨終の床にある曾祖母に誓った。「必ず都大路を走るよ」 曾祖母はK君に看取られ、旅立ったという。 迎えた愛知県予選、2年生ながら安定した走りを買われて、7区アンカーに抜擢されたK君はトップで受け取った襷を、そのままトップでゴールまで届け、豊川工業の13年連続全国大会出場を決めた。 平成22年12月25日、全国大会前夜、K君の7区アンカーでの出走が決まった。 向かうは京都都大路「全国高校駅伝大会」・・・・・・・・・・ というわけで、すでに昨年のことですが(大汗)、このK君を応援するために、親族の仕立てた観光バスで京都に行ってきました。 愛知は、女子も、豊川高校が出場し、こちらは現在2連覇中ということで、大いに盛り上がりました。バスが京都に到着したのは午前11時過ぎ、すでに女子のレースは始まっています。豊川高校は意外にも苦戦しているようです。 いそいでバスを降り、女子のアンカーの通過を見学しました。トップは興譲館、続いて仙台育英、そして、その後ろを豊川高校の留学生ムルギが猛然と追いかけています。 もう、大興奮。大声で叫んでしまいました「豊川がんばれーーーーーーー」 この後、ムルギは仙台育英(こちらも外国人留学生です)を抜き去り、2位でゴール。3連覇はなりませんでしたが、立派な2位です。 さて、続いて、男子がスタートです。 私たちは、「花の1区」と呼ばれる、各校のエースが集う1区の丁度中間地点で、まず応援して、その後、K君が襷を受け取る第6中継所付近で応援するというパターンを選びました。 目の前を広報車、自衛隊の車両、パトカーなどが通り過ぎ、遠くにテレビの中継車が見えてきました。そして、その後ろに各校のエースたちの大集団が見えます。 あっという間に集団は目の前に来ました。なんと、我が豊川工業のエース小島君はトップグループのほぼ先頭にいます。再び大興奮。「豊川工業がんばれーーーーーーー。小島がんばれーーーーーー」 優勝候補で、高校生ナンバー1といわれる須磨学園の西池君の横にピタッと着いて、非常にいい位置取りです。これは期待が持てそうだ。 その後、ゆっくりと移動し、第6中継所に向かいました。 戦況は変化し、豊川工業は17.18番あたりを走っています。 アップしているK君に声をかけました。落ち着いているようです。 中継所は選手たちでごったがえすので、そこから200メートルほど先の大きな交差点に陣取り、通過を待ちます。 トップは広島の世羅高校、つづいて鹿児島実業が通過します。続いて・・・・・・ K君が見えてきました。どうやら15位のようです。 その辺の京都の通行人に、「22番愛知の豊川工業は身内が走るんです。応援よろしくお願いします」と頼みまくりました。 しっかりとした足取りで、K君が通過しました。 何を叫んだか覚えていません。 仲間の汗が染み込んだ襷をしっかりと掛けて、走り去っていくK君をみて、泣けてきました(アホ) その後、K君は見事順位を1つ上げ、14位でゴール。 本当によくやった。(涙) 区間順位は47人中18位、7区を走った2年生の中では堂々の8位です。 きっと本人は満足してないでしょう。それでいいんです。 来年は最上級生。下級生を引っ張り、チームの中核を担ってほしい。 そして、早いランナーより、強いランナーになって、また都大路を駆け抜けてほしい。 その時は、また、きっと応援に行くよ。 「浩輔」 ![]() 彼の尊敬する、早稲田大学の三田裕介選手は、悪夢の2年生を経て、3年生となった今年正月、箱根駅伝に復活。スター軍団の早稲田の主力として、7区を区間2位で駆け抜け、早稲田大学の優勝に貢献した。 といっても、もちろん参加したわけではありません(あたりまえですが・・・)
感想です。 早稲田大学は、あえて失礼な言い方をすれば、早い選手はいても、強い選手がいなかった。大舞台に弱く、いつも期待を裏切るチーム。そんなイメージでした。 しかし、全日本を見て、「本当に強くなった」という気がします。 とくに、1.2年の精神的強さ、長い距離への適正などは素晴らしく、「ヤバイ」チームへと変貌を遂げた感があります。今回は、地元豊川工業出身の三田選手の復活が見れるかと思いましたが、エントリーされるも、走ることができませんでした。箱根にむけて、あせることなく万全の状態で復活をみせてほしいと思います。なんといっても豊川工業卒業生で唯一、箱根での区間記録(4区)を持つ選手ですからね。また、三田選手の一年後輩の日体大 早川選手は、6区を快走。駅伝に出るたびに成長が見られます。今後が楽しみです。 毎年、箱根の映像をみて涙しているのですが(笑)、今回、全日本を見て、初めて泣きました。 一番のツボは東海の村澤選手。アンカーであるにもかかわらず、襷を外し、手に巻きつけ、「みんな、俺に力を貸してくれ」と言わんばかりにスパート。見事、明治大学をかわし、チームを5位に押し上げました。普段は2年生にしてすでに世界を相手に戦い、冷静沈着、ポーカーフェイスの彼が、本調子でなかったにしても、ゴール後、顔をくしゃくしゃにしてチームメイトと抱き合っているのを見て、駅伝というスポーツは、ここまで人の心を熱くさせるものなんだとあらためて実感しました。 あと、他校のエースたちにかわされ、シード権を失い、泣きながら両手を合わせてゴールした、日体大のルーキー服部選手には「胸を張れ」と言いたい。都道府県駅伝で2年連続の高校生の部、区間賞の彼のプライドがそうさせたのだと思いますが、彼はきっと一回り大きくなって、箱根に帰ってきてくれると思います。がんばれ、スーパールーキー「服部翔太」 すばらしい選手だと思います。彼は必ず、日の丸を背負って走るような選手へと成長してくれるでしょう。 また・・・ ![]() 昨日は、全日本高校駅伝の愛知予選が行なわれ、地元(隣の市ですが)豊川工業が優勝し、都大路への切符を13年連続で手にしました。今年は地元出身の友人の息子さんが7区アンカーで登場するとあって、ドキドキしながら結果を待っていたのですが、たびたび入る実況中継がごとくのメールに、優勝を確信しました。件の息子君は「2秒差で区間賞を豊川高校にやられた」と悔しがっていたようですが、まだ2年生。来年もあります。成長して、箱根をはしるようなアスリートになってほしいと思います。 魔王と言っても焼酎の話ではありません。
秋の深まりを見せる管理釣り場「くろや」でのひとコマ 下池のインレットに60cmクラスのメスのニジマスと、なんと25cmクラスのアマゴがペアリングしているのを見つけました。 ニジマスは春に産卵するものと、秋に産卵するものがあると聞きますが、ここでは秋のグループが多いようです。フライロッドを置き、しばし観察。 おもしろい光景をみることができました。(会話は想像です) 盛んに体を震わせながら、産卵をうながしているちびアマゴ君。メスニジマスは巨体をくねらせ、団扇のような尾びれで産卵床を掘り続けています。 「早くしろよ、おれ、もうたまらないぜ」 「ちょっとまっててね、坊や」 そこに婚姻色で体を真っ赤に染めた大アマゴ登場、体長40cmくらいはありそうです。鼻曲がりの見事なオスです。 「おまえ、アマゴだろ?10万年早いんだよ」(おまえもだよ) ちびアマゴはすーっと後方にさがります。 「なんなんだい、あんた。金魚にでもなったつもりかい!おさがりよ」 「ちょっとねーさん、そりゃないぜ。見てくれおれの体、筋肉質だろ?いい仕事するぜ」 「うるさいよ。あんたの相手はランチュウの蘭子がお似合いだよ」 おっと、今度は70cmクラスの魔王登場。正真正銘のオスニジマスです。先ほどの大アマゴ以上の迫力ある顔。しゃくれ上がった下あごを大きくあけて威嚇。 「ちょっ、ちょっと待った。あんたと争おうってんじゃないんだよ。」 大アマゴはあえなく退散。 「ちっ、外道どもが。お前はおれと結ばれるために生まれてきたんだよ」 ひれを大きく広げ、巨体を誇らしげに見せ付けます。勝負あった・・・と思いきや 「なんなんだい、その下あご。キモいんだよ。」 「えっ?だめなの」 メスニジマスはすーっとどこかに消えてしまいました。呆然とする魔王。こいつもその場から去っていきました。 しばらくして・・・・ 「あたしのベイビーちゃん、待っててね」そしてガバガバっと尾びれで底を掘る。 「もう、ガマンできないよ」 ぶるぶるぶるっ もとの場所に戻ってきた二人(2匹)は、愛の劇場を繰り広げていましたとさ。 この昼ドラみたいな展開に思わず笑ってしまいました。 そこらじゅうがこんな調子ですから、当然フライには殆ど反応しません。くろやが最も難しくなる季節到来です。今回が今年最後のくろやと決めてきましたので、こんどは上池で一発逆転狙いです。 上池は下よりも水がよりクリアで、サイズもでかい(下も充分すぎるほどデカイですが)ので、スリリングな釣りができますが、魚たちはスレきっていて、難しいのが常です。ここは大きめのふわふわパターンでサイトフィッシングで攻めてみます。このパターンがあたり、ようやく60アップをゲット。 ![]() 今回はその後に予定が入っていたので、あとワンキャストで納竿と決め、最後は釣れても釣れなくてもいいから「お気に入りのフライで」と4Xフロロのティペットの先に結んだのは「チェルノブイリアント6番」 ここからドラマが始まります。(大げさか) ぽっかり浮いたフライをぼんやり眺めながら、「松本ではこのフライがバカ当りしたなー、また行きたいナー」なんて考えていると、まるでスローモーションで、初夏のような食い方で三角の巨大な頭がフライをバクリ! イルカのようにヘッド&テイルで水面下へ・・・。反射的に大あわせします。 しかし、何事もなかったかのようにフライを咥えた張本人は、そのままメスを追い掛け回しています。ちょっと薄気味悪い気がしてもう一度テンションを掛けると・・・ ようやく首をふり、掛っていることを認識したようです。そして火がついたように対岸に向かって猛ダッシュ。サセックスのリールは甲高い音を立てて逆転し、スプールから煙が出そうです。ここから約25分。寄せては走られ、中央の岩に巻かれ、池の周りを走り、また寄せて走られ・・・・ようやくネットインしました。(正確には頭だけ強引にネットに入れて陸に放り上げました) ![]() 80cmジャスト! 正真正銘の「くろやの魔王」です。 顔だけで20cm以上あるかのような鼻曲がりで下あごは鋭くしゃくれ上がっています。体高も15cm以上あるのではないでしょうか。鋭い歯でティペットはザラザラになり、切れる寸前でした。また、くろや専用に新調した、いわゆる「60スッポリネット」は写真の有様です。 急いで写真を撮り、しばらく水中で支えてからリリース。魔王も疲れ切っていたようですが、体力を回復したようで、元気に水底へ戻っていきました。 充実した気持ちで納竿。帰路につきました。最後の最後に本当に満足できる釣りができました。これで、来年5月ごろまで「くろや」とはお別れです。 しかし・・・・今週末には「岡崎トラウトポンド」が解禁します。またトラポン通いが続きそうです。ここでは「くろや」とは違った楽しみ方ができるのです。 ああ、自然のフィールドに戻れなくなりそう。
小学校の卓球大会が本日行なわれます。
ということで、一年前から週一で子供たちに卓球を教えてきました。 私は中、高と卓球のプレーヤーでしたが、ペン型ラケットをシェークに持ち替え、試行錯誤の一年でした。ルールも当時とは変わっていて、自分にとっても練習の日々でありました。 丁度、世界卓球の時期と重なり、子供たちはほとんどテレビを見ていたようです。 がんばれ、5.6年生 会場に応援に行きますよ。 ![]()
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